読売新聞掲載 漆原友紀先生寄稿文
『蟲師』は、私の中で、ひとりごとのように、ひとりあそびのように始まった物語でした。日本の里山や古い家屋、苔むす土、小さな生物、民話、伝承、妖怪変化……。私にとって、好きなものばかりを集めて作った箱庭のような世界でした。
そんな、あまりに地味でひっそりとした物語を長濵監督が見つけて下さり、2005年、アニメ化の運びとなりました。
その制作初期に、スタッフの皆さんが秋吉台のロケハンのために私の地元に来られました。私の見てきた風景をご覧になりたいとのことで、私が高校時代にたまにフラリと立ち寄っていた、何でもないけど不思議と好きな、棚田のある里山や浜辺にご案内しました。本当に個人的な、何でもない場所だったのですが、監督が「それがいいんです!」と力強く言って下さって、嬉しかったのを覚えています。
そのアニメの放送が始まり、第1話の放送をスタッフの皆さんと一緒に観た、あの冬の夜(というか朝方)を忘れる事はありません。まるで物語の世界が命を持って実体化したかのように、ありありとそこに立ち現れました。
長濵監督の尋常ではない才能と労力、そして原作の核の部分に触れようとして下さる姿勢と、それを実現して下さったスタッフの皆様のこれまた尋常ではないご苦労の賜物だったのだと思います。そんな素晴らしいアニメにして頂いた事で、多くの方々が『蟲師』を目にして下さるようになり、その事によって、私が思っていたよりもずっと多くの方々がこういう世界を楽しんで下さるものなのだ、と気付かされました。それは私にとって驚きであり、そして大きな喜びでした。
しかし、ひとりごとから始めた世界を、そのままの感覚で続けていくのはやはり難しく、かと言ってその世界を変えてしまうのも間違いのようで、2008年、『蟲師』に幕を降ろしました。その時は、正直、もう描く事は無いだろうという思いでした。
けれど、その世界から離れて時間を経るうち、いつしか、もう一度描ける気がする、描いてみたい、そんな気持ちが自分の中に積もってゆきました。そして実際に描き始めてみると、あまりにもすんなりと、時間の隔たりを感じずに描き進める事ができました。離れていた間もずっとこの世界は私の中にあったんだ。だって元々ひとりごとなのだし、いつでも戻ってこられる場所だったんだ……という感覚でした。
そうして5年ぶりに描いた新作を、あの時とほぼ同じスタッフさん方にアニメ化して頂ける事となり、「ほんっとに描いて良かった!」という思いです。原作には無い特別なシーンも用意されているとの事で、原作よりもお楽しみ頂けるものになっているのでは、と思います。
どうぞご期待を。
私も楽しみです!
漆原友紀